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「おかえり、レイ」
 そう言ってこちらに顔を向けた利央の後ろには、見知らぬ少年が寝かされていた。
「誰だよ、そいつ」
「八神ゆうきだよ」
 思わず自分の耳を疑った。
「……は? 八神ゆうきって、あの?」
「その、八神ゆうき」
 こいつが利央の家族の仇“炎狐”の一族の末裔、八神ゆうきだと? それは何の冗談だと思ったが、こちらを見る利央の顔は真剣だった。だから笑い飛ばそうと思ってもできなかった。
「一晩だけでいい、ここに置いてやってくれないか。あ、大丈夫。こいつの家には連絡入れといたから」
 利央はそう言って生徒手帳をひらひらと俺に振って見せる。おそらく八神ゆうきのものだろう。家に連絡を入れている時点で俺の返答を聞く気ゼロじゃねえか。
 何があったのか、どういう経緯でこうなったのか問いただしたが、利央は俺の問いに対して無言を貫き通した。こういう状態になった利央には何を言っても無駄である。これまでの経験上よく知っている俺は深くため息を吐き出した。
「頼むよレイ」
 人にものを頼むにしては随分と強気なその眼差しに、俺は苦笑する。頼む気なんてさらさら無いくせに。俺はわざと乱暴に利央の頭を撫でるが、利央の顔はぴくりとも動かない。
「ダメだなんて言ってねえだろ」
 俺がそう言うと、ようやくその顔に笑みが浮かんだ。
「うん、レイならそう言ってくれると思った」
 計算づくなのかどうなのか分からないその笑みを見て、やはり掴めない奴だと思った。

「で、ずっと起きないのか?」
「ああ。昼間からずっと」
「昼間からずっとって……お前学校は?」
「早退した」
 堂々と言ってのける利央に呆れるしかなかった。誰が制服や体育着を買ってやったと思ってんだこの野郎。とりあえず利央の頭を軽く小突いておく。
 その後、夕食を済ませてからシャワーを浴びた。俺が風呂から出ても、未だに八神ゆうきが起きる気配はない。日ごろの疲れが溜まっているのか、それとも元々よく寝る奴なのか……後者なら相当図太い神経の持ち主だ。
「利央、風呂入ってこい」
「ん」
 利央は窓の外をぼんやりと眺めていた。また何やら考え込んでいるのだろう。訊いたって何も言わないのは経験上分かっているので、放置する。
 ――それにしても、変わった髪色だな。
 俺は八神ゆうきをまじまじと見た。
 この髪色は、元々の色なのだろうか。染めた形跡がない。ハーフという言葉が頭をよぎったが、彼の名前は純日本人だ。それに、この黒い眼帯。物貰いか? いやいや、よくよく考えてみればこいつは妖だ。普通の人間と同じ容姿でなくとも不思議はない。
 俺が悶々と考えた末にその結論に至り、一人納得していると、八神ゆうきの瞼がゆっくりと開いた。
「お、やっと起きたか」
 ぼんやりと窓の外を眺めていた利央が俺の言葉に反応してこちらを向く。
 八神ゆうきはここではないどこかを見つめていたが、暫くして彷徨った視線が俺とぶつかる。すると、意識がはっきりしてきたのか顔を強張らせた。
 八神ゆうきは俺を見て、怖い顔をして問う。
「どこだ、ここ」
「俺の従兄の家さ」
 利央がそう答えると、利央の存在にやっと気づいたのか驚いた顔でそちらを見る。そしてすぐに顔を顰めた。利央も利央で八神ゆうきをジッと見ている。
 不穏な空気を感じ取った俺は慌てて笑顔を作り、八神ゆうきに話しかけた。
「はじめまして。利央の保護者の野葉レイです」
 八神ゆうきは訝しげにこちらを見るが、危害を加える気がないと理解してくれたのか、こちらに頭を下げた。
「……八神ゆうきです」
「よろしく、八神くん」
 俺たちがそうやってシンプルな挨拶を交わしていると、利央がすっと立ち上がった。
「利央?」
「ちょっと外の空気吸ってくる」
「え、おい待てよ」
「状況はレイが説明してくれ」
 利央は一方的にそう告げるとさっさと外へ出て行ってしまった。
 玄関のドアが静かに閉まり、さてどうしたものかと八神ゆうき――もとい、八神くんを見る。八神くんは利央の出て行ったほうを険しい顔で見ていた。
 困った。最近、利央の様子がおかしいことには気づいていたが、何か思案しているところへ口を挟むのは良くないと思いそのままにしていた。故に、奴の行動がさっぱり理解できない。状況説明くらい自分でしてくれてもいいじゃないか。
「八神くん。利央がね、君を拾ってきたんだ。家には連絡しといたから、今晩はここでゆっくり眠るといい」
 とりあえず経緯を簡単に説明してみる。八神くんは変わらず顔を顰めていたが、それでも小さく頷いた。  

- continue -

2010/09/21
2010/09/29 修正