10


 目が覚めて最初に目に飛び込んできたのは、ノバの疲労しきった姿だった。こいつは何でこんなに疲れているんだろう。その後ろには、尻餅をついたツンツン頭の男子学生がいる。男子学生は俺を見て怯えていた。
 あれ、俺何してたんだっけ。いつもより早く起きて、学校に向かっていた。その途中で頭が割れるように痛み出して……。ああそうだ、俺の中に“俺”がいた。
「何なんだよ、お前」
 男子学生が震える声で俺に言った。その目は大きく瞠られている。心底怯えた表情だった。これまで周囲から向けられてきた軽蔑や疎みよりも強い拒絶に、困惑した。
 俺はまた、母さんを殺した時のように笑っているのだろうか。いや、あいつは消滅した。今目の前に男子学生を庇うように立っている、このノバという少年の手によって。
 そんな目で見るな。やったのは俺じゃない。俺は操られているだけなんだ。
 俺はそう言いたかったが、口を開く力が無かった。視界が歪み、自分の意識が段々遠のいているのが分かった。心臓の鼓動が異様に早い。
 頬が濡れていた。生暖かいのは、涙なのか血液なのか。それすらも分からない。
 もうどうでもいい。今は何も考えたくない。そう思い、俺は意識の遠のきに抵抗することなく目を閉じた。


 ***


 まことは時刻が昼過ぎだと俺から知らされ、とても驚いていた。
「だって俺、朝早くに家を出たんだぜ?」
 その様子からして嘘ではなさそうだ。恐らく時空の歪みが関係しているのだろう。しかし事態は沈静化し、歪みは次第に直ってきている。一般の人間が妖を見てしまう現象も、もう起こらないだろう。
 自分の力で立ち上がったまことを見て、俺は安堵した。どうやら怪我は見た目よりも軽いらしい。
 そして気を失って倒れている八神ゆうきに目を向ける。問題は、こちらだ。
「おいノバ、こんな奴運んでどうするつもりだ」
 よっこらせと八神ゆうきを背負う俺を見て、まことは俺にそう問いかけた。
「どうするって、連れて帰るんだよ」
「はぁ?」
 すっとんきょうな声で聞き返された。信じられない、という表情で見られた。まあ、そうだよな。こいつは八神ゆうきに殺されかけたんだから、無理もない。
「だって、ここに放置するわけにはいかないだろ」
「でもそいつ、化け物なんだぞ」
 化け物。その言葉に苦笑する。教室で話したときのクールっぷりはどこへやら。
 俺はまことに笑みを作ってみせる。
「大丈夫だって。お前と違って、俺はプロだから」
 まことは俺の顔を不安げに、疑うように見ていたが、それ以上何も言わなかった。そうだ、それでいい。これ以上俺に関わるな。
「まこと、お前動けるよな。さっさと学校行って怪我の手当てしてもらえ。それと、今起こったことは誰にも言うな」
 俺はそれだけ言うと、まことに背を向けて歩き出した。まことが周囲の誰かに言ったところで信じるとは思えないので、口止めはこの程度で大丈夫だろう。怪我だって、普段の様子からしておそらく日常茶飯事だ。怪しまれることはない。
 まことが追ってくる気配はない。やがて背中に感じていた視線も外れ、まことが学校へ向かったのだと分かった。
「式神。一応見張っとけ」
 ポケットの中から呪符を取り出して小さくそう呟くと、呪符は式神に姿を変える。式神はにこりと微笑むと、まことの方を追っていった。何度も呼び出して悪いな。
 八神ゆうきを背負ったまま、河原沿いに歩いていく。年齢が二つしか違わないというのに、その身体は驚くほど軽かった。それに、背中にある温もりは人間のものと全く変わらない。
 つい先ほど八神ゆうきの内部を見たせいで、俺は正直困惑していた。八神ゆうきは、内部で二分している。妖の部分と人間の部分とで、綺麗に分かれてしまっているのだ。不測の事態に驚きつつもどうにか術を施したが、一時的なものなので長くはもたない。早く次の手を考えなければ、人間・八神ゆうきは、妖・八神ゆうきに食われてしまうだろう。それだけは避けなければ。
 呑気に眠りこけている八神ゆうきを背負い直し、俺はまたずるずると歩き出した。  

- continue -

2010/08/12