07


 珍しく早起きした。普段の俺じゃ考えられないほど、早く起きた。
「……まだ六時かよ」
 仕方なくベッドから下り、ゆっくりと支度を始める。一度起きると眠れない体質なのだ。


 家にいても特にやることがない。早起きしておふくろ珍しがられ、その視線が鬱陶しく感じた俺は、少し早すぎる気もするが学校へ行くことにした。
 ゆっくりと河原沿いに歩きつつ、深呼吸。朝の空気というのはとても清清しい。
 そんな時、俺の目にふと映った赤紫の頭。
(あれは……)
 もしかして、あれは八神ゆうきか?
 八神ゆうきは俺の五、六メートル先を、同じようにゆっくりと歩いている。こんなに近くでこいつを見るのは初めてだ。
 まだ朝早いので人通りは少なく、気温も少し肌寒い。
 俺はなるべくあいつから距離をとって、今までより更にゆっくりと歩くことにした。どうせ時間はたっぷりあるんだ、急ぐことはない。
 それにしても、こいつと二人きりというのは何だか気まずい。たぶんあいつは俺がいることに気づいていないだろうから尚更こっちが気を遣う。それが何となく嫌だ。
 俺はゆっくりと歩きながら、あいつの赤紫頭を見ていた。朝日が赤紫をきらめかせ、とても目立っている。やっぱり髪の毛が赤いというのは、どうも違和感があるな。時々すれ違うサラリーマンや散歩する老人たちは、ジロジロと八神の頭を見ていくが、八神がそれを気にするそぶりは一切ない。慣れているのだろう。
 八神が俺の存在に気づいているのかどうかは分からないが、時々あいつの身体がふらつくのが少し気になった。……寝不足か?


 ***


 今朝あんな夢を見たからだろうか。イライラする。それに、ふつふつと何か熱いものがこみ上げてきて、身体がおかしい。
 気がつくと、後ろを歩いていた男子生徒を殴っていた。男子生徒は勢いでしりもちをつき、驚いてこちらを見る。
「な、何だよいきなり」
 そう言って顔を上げた男子生徒は次の瞬間ある一点を見て固まった。その視線を辿った先にあったのは、ゆうきの右腕だ。赤紫の毛に覆われ、それまでより一回り大きくなった右腕。本当に自分のものなのかと疑ったが、そういえば母を殺したときもこんな風に変形していたような気がする。
 左目が異様に熱い。気持ちも妙に高ぶっている。身体中に熱が回り、何も考えられなくなっていく。こみ上げるものを必死で抑えようとしたが、抑え切れない。何か内側から別の意思が働いているようだ。
 突然の身体の変化に、頭がついていかない。一体何が起きているんだ?
 ――そうやってずっと逃げてたんだろう?
 不意に誰かの声が脳内に響いた。どこから聞こえているのかも、誰の声なのかも分からない。
 声はまた言う。
 ――ったく、情けないったらありゃしない。
 声がそういい終えるか終えないかのうちに、目の前の男子生徒の肩が一瞬で裂けた。血が勢いよく噴き出し、辺りを濡らす。
 自分の右手は真っ赤に染まっているのを見て、ゆうきは瞬時に理解した。
 母の血まみれの顔が頭に浮かぶ。
(やめろ、やめてくれ)
 まだ人間でいたいんだ。もう誰も殺したくない。
 自然と身体が動く。ゆうきの意思とは裏腹に、男子生徒の後を追う。
 次第に音が小さくなる。視界が狭まっていく。頭の奥が激しく痛み、強く唇を噛んだせいで口内に血の味が広がる。
 感覚が壊れていく。
 ゆうきは男子生徒の銀と黒の混ざった頭を掴み、もう片方の手を大きく振り上げた。男子生徒が目を大きく見開いて何か呟いたが、何と言ったのかは分からない。
 それからすぐに視界が白く染まり、意識は途絶えた。

- continue -

09/04/26