06


 ――ゆうき。

 誰かが自分を呼んだ気がして、ゆうきは振り向いた。すると、目の前に一人の女性が立っていた。
 栗茶色の長い髪の毛。緩やかに弧を描く唇。そして強い眼差し。どこかで見たことのある人だ。

 ――ゆうき、おいで。

 そう言われ歩み寄ると、女性はにっこりと笑ってゆうきの頭を撫でた。そのひんやりと冷たい手が心地良い。

「ごめんね。殺すつもりはなかったんだ」

 いつの間にかそんなことを口走っていた。どうして自分がこんなことを言うのか分からなかったが、自然と口から漏れた言葉だった。
 何故だろう、胸が痛い。もしかするとこの人は、とても大事な人だったんじゃないのか。
 必死に思い出そうとするが、どうしても思い出せない。これが夢だからだろうか。

 ――ええ、わかっているわ。仕方がないことだったのよね。わかっているわ。

 女性は笑みを浮かべたままそう言った。
 ゆうきの頬を涙が伝う。けれどどうして自分が泣いているのか、ゆうきにはよく分からない。これが、夢だからか。せめて夢の中だけでも、忘れたいのかもしれない。
 女性はゆうきを優しく抱きしめた。

 ――つらかったね、ゆうき。もう大丈夫だからね。

 私が、ちゃんと殺してあげるから。

 その言葉にはっとして顔を上げると、いつの間にか女性はいなくなっていた。代わりにゆうきを抱きしめているのは、自分によく似た少年だった。赤紫の髪の毛も、左の赤い目玉も、顔つきや体つきも、何もかもがゆうきにそっくりだ。
 ゆうきそっくりの少年はにやりと笑う。そして少年の腕がゆうきの身体を貫いた。けれど不思議と痛みを感じない。夢だから、何も感じないのだ。
 この笑った顔には何だか見覚えがある。ゆうきはぼんやりと考えた。確かあのときガラスに映っていた自分の顔も、こんな顔ではなかったか。
 けれどそこで思考は停止する。

 ――なあ、いい加減目え覚ませよ。

 少年はそう言った。少年はどこにも怪我をしていないはずなのに、その口元から血が零れ、頬を伝い流れてゆうきの頬へと落ちていく。少年の二つの目玉は、段々と濃い赤に染まっていく。

 ――退屈で仕方ねえんだ。さっさと俺にも光を浴びさせてくれよ。

 少年はゆうきを貫いた腕を身体から抜く。血しぶきが辺りに飛び散った。ゆうきはぼんやりとした意識のまま、ただ少年の赤い目玉を見つめていた。そしてまた一粒、涙をポツリと下へ零した。




 ***




 唐突に目が覚めた。朝日が窓から差込み、ゆうきはまぶしさに目を細める。
 手探りで枕元を探り、時計を見る。まだ七時にもなっていなかった。
 ゆっくりと身体を起こす。まだ身体が震えていた。夢なのだけれど、先ほどまでの光景は脳裏にしっかりと焼きついている。腹を貫かれた感覚も、少年の落とした赤い涙を受けた感覚も、全て覚えていた。
 本当にあれは夢だったのだろうか。何となく、夢と割り切れない感覚がある。

――私が、ちゃんと殺してあげるから。

 目覚めてからようやく気づく。夢で見たあの女性は、ゆうきの母だったのだ。だから自分は、夢の中で母に謝っていたのだ、と。
 ゆうきは立ち上がり、洗面所へ向かった。顔を洗い、ふと鏡に映った自分を見る。赤い目玉は相変わらずゆうきの意思に反して蠢いている。
 今ここに映っているのは、本当に自分自身なのだろうか。そんなことを考える。
 ふと、いつもの衝動が沸き起こった。熱くなる左目に慌てて冷水をかける。

「ゆうき君、朝よー」

 伯母の声が聞こえ、ゆうきは再び眼帯をつけてリビングへ向かった。
 そして、それ以上夢について考えることはしなかった。

- continue -

09/02/28
09/04/11 修正