02


 河原沿いを、家とは反対方向へ走っていく。ダラダラと背中を伝う汗は妙にひんやりと冷たくシャツに染みた。
 サイレンの音とそれに混じり聞こえるざわめき。どちらも疎ましかった。
 あっと声が出る。足がもつれ、河原の土手の草に倒れ込んだ。ゆっくりと身体を起こし、視界に桜の木が映る。河原の土手に一本だけ生えたそれは、電灯にライトアップされて綺麗に咲いていた。
 声を押し殺してうずくまる。胸の奥がずきずきと痛い。
 ごめんなさい。ごめんなさい。何度も心の中で呟く。
 俺が殺した。確かにこの手が母さんの命を奪ったんだ。
「ごめんなさい」
 逃げてしまったことに対する謝罪の気持ちであり、殺してしまったことに対する懺悔だった。
 喪失感、自己嫌悪、困惑。様々な感情が入り乱れ、気が狂いそうになる。今までどうにか形作っていたものが、音をたてて崩れていく。それは悲鳴にもよく似ていた。

 ***

「ゆうき君、私達のところへいらっしゃい」
 何も知らない伯母さんが言った。隣で伯父さんもウンウンと頷き、口を開く。
「これから色々大変だと思うけど、伯父さん達が力になってやるから、な」
 伯父さんは両肩にぽんと手をのせ、目線を俺に合わせる。眼差しが優しい。だけどそれは、どこか他人の眼差しだった。
「ねえおじさんおばさん、本当に? 本当に二人のとこに一緒に住んでもいいの?」
「何を言うんだ。当たり前じゃないか」
「そうよ、大事な弟と義妹の遺した子供だもの」
「これを見ても、そう言える?」
 そう言って左目を隠していた黒い眼帯を外すと、二人は息を呑む。
「母さんが死んだ日にこうなったんだ」
 正確には、母さんを殺したあの瞬間から、だろうけど。心の中で付け加える。
 黒目、白目の境界線が消え、全体が紅く塗りつぶされた不気味な目。その目は俺の意思に反し、自らの意思で独立した動きを見せていた。赤紫色の髪、そしてぎょろぎょろと動く左目。今伯父さんと伯母さんは、どんな気持ちで見ているんだろう。
 伯父さんと伯母さんは顔を見合わせた後、笑みを浮かべる。
「当たり前じゃない、家族だもの」
 その表情が明らかに変わったことには気づいていた。けれど何も言わなかった。住む場所があるだけでもありがたいと思え、と自分を抑えた。  

- continue -

08/5/4
09/01/28 修正
2012/01/27 修正