03


 ゆうきは額の汗を拭った。まだ五月下旬だというのに、ここ最近はまるで真夏日のような天気が続いている。
 六月に入れば梅雨がきて、梅雨が終わればあっという間に夏だ。着心地の悪かった制服も、最近ようやく馴染んできた。季節は着実に移り変わっているのだ。
 灼熱の太陽とどこまでも広がる青空の下、ゆうきは河原沿いに歩いていく。学校に近づき生徒の数が増えていくにつれ、自然とこちらに向けられる生徒達の目。ひそひそと交わされる陰口。
 あれから一年経った今でも、母親の死んだ日のことは鮮明に覚えていた。忘れるはずがなかった。自分に向けられていた虚ろな目を思い出すと、今でもぞっとする。
 獣のような手も、熱を持ち疼いた赤い目も、確かに自分のものだった。一番大切な人の命を、この手が奪ったのだ。忘れたくても忘れられなかった。
(だめだ)
 ちくん、と針に刺されたような痛みが左目を襲う。眼帯の内側に熱がこもる。
 目の端でちらつく赤紫の髪は太陽の光で一層明るさを増した。
 好奇、その他もろもろの感情を含み突き刺さる視線に酷くイラつくのは、もうずっとずっと前からのこと。
(暴れちゃ、だめだ)
 今以上に孤独になることなんて、望んでいない。また誰かを傷つけてしまうことなんて、望んでいない。
 けれどそんな意思を揺るがす声が、また脳内に響く。
(壊しちまえよ。お前はそれを望んでる)
 左目が疼くと、強い破壊衝動に駆られる。それを抑えようとする度に、そんな声がどこからか聞こえてくるのだった。
 けれど今は全てを拒絶するしかなかった。拒絶しなければ、現状に甘えてしまえば、また過ちを繰り返してしまうのだから。

 ***

「おはよう、八神(やがみ)君」
 話しかけてきたのは、同じクラスの旭 雪菜(あさひ ゆきな)。最近席替えで隣になってから、なぜかいつもゆうきに話しかけてくる生徒だ。
「今日は暑いねー。私暑がりだからさ、汗すっごいかいちゃって」
 なんて苦笑しながら、どんどん話しだす雪菜。
 何故ゆうきに構うのかはわからない。クラスは違ったが同じ小学校出身の雪菜なら、自分の噂も知っているはずなのに。
「そういえば今日英語の小テストあるよね。私すっかり忘れちゃっててさ、今朝気づいたの」
 でも今更対策したって遅いし、もういいや。と雪菜はまた笑った。
 ゆうきは特に何も言わず、黙って話を聞く。雪菜はゆうきに話を振ることはないので、本当なら聞き流してしまえばいいのだけれど、それは何となく抵抗があった。
 成績はかなり良いし、クラスの中でもそこまで浮いているわけではない。普段あまり目立とうとする生徒ではないけれど、よく笑う。男子にも女子にも結構人気があるのだから、ゆうき以外にだって話す相手は沢山いるはずだ。
 雪菜がゆうきに話しかけているときの、クラスの生徒の視線。それは雪菜にではなく、ゆうきに向けられるもので。その度に自分の立場を思い知る。だから自分から雪菜に話しかけることは絶対にしなかった。
「家の近くにね、新しいクレープ屋さんが出来たんだよ。今度行ってみたいなぁ」
 雪菜は次から次へと話題を変える。
 楽しげに話す表情を見ると、いつもの衝動性は消えうせていくのだ。それがとても不思議だった。

- continue -

08/7/7
09/01/28 修正