それは本当に突然のことだった。
ある日、俺は友達に怪我をさせてしまった。体育の時間、ふざけて顔面をねらったサッカーボールが、そいつの顔面の骨を折ったんだ。誰かが悲鳴を上げる。友達の顔はねじれていた。色んなところから血が出ていて、顔のパーツの配置があちこちおかしかった。普通のボールがそこまで人の顔を変形させるものなのか。そいつは俺を見た。友達を見るような目じゃなかった。
「化け物」
呟きが聞こえた。誰が言ったのかは分からない。周りにいたやつらは急に俺から離れていった。この時からだ、俺は一人になったんだと悟った。
――変な奴だとは思ってたんだよ、ずっと。髪の色あんなに明るいしさ。まあ、ただの目立ちたがりだと思ってたんだ。でも違うんだよ。あいつ、けっこうマジでやばいんじゃねえの。なあ。
帰り道、前を歩くクラスの男子が誰かにそう言った。思わず立ち止まって、その日はよく知らない別の道を通って帰った。よく覚えている。悲しかった。友達を怨み、何より自分を怨んだ。自分はどこかおかしいんだと思った。
だけど家に帰れば母さんがいた。母さんは俺の話を聞いても、俺を遠ざけたりしなかった。辛かったねと、頭を撫でてくれた。その笑顔は優しかった。安心した。根拠も何もないけれど、大丈夫だと思えた。
「嫌なら、どこか別の学校へ転校する?」
母さんにそう訊かれ、俺は首を横に振った。来年の春は中学生だというのに、こんな中途半端な時期に転校するのも気が引ける。それに、転校したってどうせこの髪の色を珍しがられ、怪力を気味悪く思われるに決まっているのだ。だから、ここで頑張ってみようと思った。中学には仲良くしてくれる奴がいるかもしれない。
「ケンカなら誰にも負けないし、誰に悪口言われたって気にしないようにする。大丈夫だよ、俺には母さんがいる」
母さんは少しだけ寂しそうに笑った。薄茶色の長い綺麗な髪がさらりと顔にかかり、影を生んだ。
***
その日の夜、母さんが死んだ。
何者かに襲われたのだ。
母さんの胸のあたりからは次から次へと血が流れ、カーペットを真っ赤に染める。母さん、と声をかけても動かない。その目は大きく見開かれたまま、天井を見つめている。
俺の両手は真っ赤だった。鋭く伸びた爪は月明かりにきらりと反射して、肌はまるで獣のように毛むくじゃらだった。左目はどくどくと心臓のように音をたて、瞼の内側で蠢いている。
もう一度母さんに呼びかけようとして、言葉が途切れた。
どろりとした感触。冷たくなっていく身体。飛び散ったガラスの破片に映った自分の顔は、笑っていた。こちらを見て赤い左目を細めていた。喉の奥で声がつっかえて、ひゅうと鳴る。
俺は靴も履かず家を飛び出した。
- continue -
08/6/29 修正
09/01/28 修正
2012/01/23 修正