移動教室の途中、背後から男子生徒たちに強く押され、私は持っていた教科書類を床にばらまいた。
「あっ、ごめん井川。いたんだ?」
「気づかなくてごめんなー」
ぶつかってきたのは、同じクラスの坂下(さかした)と中島(なかじま)という生徒だった。
どこ見て歩いてんだクソ野郎。心の中でそう毒づきながらも、表面上はにこやかに振舞う。
「ううん、大丈夫だよ」
そう言って教科書へと手を伸ばす。しかしその手を思い切り踏みつけられ、私は彼らを見上げた。坂下は私を見下ろし、下劣な笑みを浮かべている。
「ちゃんと前見て歩けよな。でないと踏み潰されたって文句は言えねえぜ? お前小さいから」
「坂下、それ言いすぎだって」
二人の笑い声が廊下中にこだまする。通り過ぎる周りの生徒や教師は、見てみぬふりをする。その何とも煩わしい空気に、笑顔が引きつった。
歓迎されないであろうことは分かっていた。けれど毎日のようにこんな嫌がらせを繰り返されては、ストレスも溜まる。
最初のターゲットはこいつらでいくか。
そう考えていたとき、右手に圧し掛かった足の重みがふっと消えた。
「何やってんだお前ら」
彼らの背後から低く唸るような声がして、私は顔を上げた。
そこにいた背の高い男子学生は、隣のクラスの真壁(まかべ)という男だった。この学校では有名な生徒らしく、教師でさえも彼を恐れて近寄らない。噂には聞いていたが、初めて見た。とても図体のでかい男だ。
「真壁」
ざわついていた廊下が静まり返り、周りの視線が彼へと集中する。
真壁と目が合う。その瞳には大きな威圧感があった。その鋭い眼光に射すくめられ、わずかにたじろいだ。
「つまんねーことやってんじゃねえ。行くぞ」
「お、おう」
真壁はくるりと背を向け、歩いていった。坂下と中島が慌ててついていく。周りの生徒たちは真壁を恐れているのか、そそくさと道を空ける。
私は彼らの姿が見えなくなるまでじっと彼らを見ていたが、しばらくして三人の向かったほうへと足を向けた。
あいつが悪いんだ。いきなり俺たちの前に現れたりするから。
「もう死んだと思ってたのになぁ」
屋上のフェンスによりかかり情けない声を出す中島を、坂下が叱咤する。
「馬鹿。生き返るわけねーだろ。確かにあいつは死んだ。葬式だってあったじゃないか」
「そりゃそうだけどさあ」
「あいつは別人なんだよ。魅月じゃない。でないと色々おかしいだろ」
「うん、まあね。でも気味悪いわ俺」
「そりゃあ俺だって同じだよ」
俺は二人の会話を聞きながら、ぼんやりと空を見上げていた。真っ白な空。強く吹いた風に髪をかき乱される。
そうだ。確かにあいつは死んだはずなんだ。
――帰ってきたのさ。本当の最期を最高の形で迎える為に。
中島と坂下から聞いたところによると、そんなことを言ったらしい。転入挨拶にしてはおかしな言葉だ。初対面の人間に向けた言葉ではない。
きっと井川は、魅月の自殺について何かを知っている。
「なあ真壁、どうする?」
あいつらが俺を縋るような目で見る。
「決まってるだろ。魅月と同じように潰すだけだ」
そうでないとこっちも気味が悪い。
私は屋上の倉庫の影に隠れ、真壁たちの話をじっと聞いていた。
彼らが屋上を去った後、一人呟く。
「ターゲット確定」
直後、その言葉に応えるように一段と強い風が吹いた。
少し湿り気を帯びた空気を思い切り吸い込む。
「真壁か」
その名をしっかりと脳裏に刻んだ。どうやら敵はクラス内だけではなかったらしい。というよりも、あの真壁という男が主犯だったようだ。
白い空の下、強い風が屋上を吹きぬけた。悪魔からの合図である。
私は薄く笑みをこぼした。これからのことを考えると楽しみで仕方が無い。
味わうがいい。竜の感じた苦しみを、自分の存在を消されるという恐怖を。
そのためにはまず、余分な駒を排除しなければ。
- continue -
09/02/07
2012/04/05 修正