15th Game


 携帯がポケットの中で震える。画面を見ると、涼からだった。
 ――朱、今日うち来れる?
 そう書かれたメール画面を見て、すぐに「大丈夫。今から行く」と返信する。メールをくれたことが嬉しくて、つい口元がにやけた。
 送信完了の画面が表示され、携帯を閉じる。顔を上げると、いつの間にか部員全ての視線が俺に向いていた。部長の目がぎらりと光る。
「朱、まだミーティング終わってないぞ」
「荒木部長、すみません。ちょっと急用できちゃいました」
「は?」
「来週までには、原稿上げときますから。じゃ、お先ー」
 俺は一方的に告げて部室を出た。背後で部長が何やら喚いているが、関係ない。担当するインタビュー記事の取材はもう終わっているのだ。あとは文字に起こすだけなのだから、何とかなるだろう。階段でもすれ違った三年の先輩に「あれ、魅月くん帰るの?」と声をかけられたが、軽い会釈だけに留めた。話をする余裕はない。
 下駄箱に上靴を突っ込み、傘を引っ掴んで足早に校門へ向かう。雨脚は次第に強まり、歩みを進めるたびに靴底がびちゃびちゃと音をたてた。

 ***

「いらっしゃい、朱くん。雨の中大変だったでしょう、どうぞ上がって」
 涼のおばさんはそう言ってにこやかに俺を出迎えてくれた。
「そうそう、今ね、涼のお友達が来てるの」
「えっ」
 おばさんの言葉を聞いて、愛想笑いが引きつった。
「お友達ってどんな人? 男? 女?」
 俺の問いに、おばさんはふっと笑みを零す。
「男の子よ。なんだか恋人みたいな雰囲気だったから、私びっくりしちゃった」
「恋人?」
 思わず眉間に皺が寄る。
 涼に恋人だって? そんな馬鹿な。
 階段を昇って「りょう」と書かれたプレートのかけてあるドアをノックする。「涼?」と声をかけると内から「おい、誰だよ」という知らない男の声と、涼の「どうぞ」という声が聞こえた。知らない男が涼の部屋にいる。それだけでも腹立たしい。
 勢いよくドアを開けると、男子学生が二人、中央の丸テーブルを囲って座っていた。一瞬竜かと見違えた片方は、よくよく見れば涼だった。
「涼、何だよその格好」
「何って、学校の制服だよ」
「そうじゃなくて……」
「ああ」涼は俺の言いたいことを理解し、とんでもないことを言ってのけた。「今は竜として学校行ってるから」
「聞いてないぞ」思わず大きな声が出る。「体育の授業とか、どうするんだ」
「全部見学してるに決まってんじゃん。病気治ったばっかなんだし、運動なんて母さんが許してくれないよ」
 それもそうだ。あの人は過保護だから、きっと涼がやりたいと言い張ったって許さない。
「何で何も言ってくれなかったんだよ。びっくりするだろ」
「ごめん。時間無かったから」
 あっけらかんと言い放たれ、俺は言い返すのをやめた。入院中は、話相手といえば俺か竜ぐらいだったが、今は学校のクラスメイト達がいる。話相手なんて、いくらでもいるのかもしれない。
「ところで、そいつは?」
 目線を涼の後ろへやる。男子学生は、先ほどから俺と涼の様子を興味深そうに伺っていた。
「同じクラスの坂下幹くん」
 僕の友達だよ、と涼は微笑む。
「どうも」
 坂下という男子学生は、まるで不審者を見るような目つきで俺を見る。随分目つきの悪い友達だ。この怪しい奴が涼の恋人だなんて、何の冗談だ。涼のおばさんは、どこをどう見てそう思ったのだろう。
「言っておくけど、俺はお前のこと認めないからな。どこの馬の骨か分からない奴に、涼は渡さない」
「朱、何言ってるの。坂下くんはそういうんじゃない。ただの友達だってば」
「知ってるか涼。男はな、みんな狼なんだぞ」
「何それ。だから、大丈夫だってば」
「大丈夫なもんか」俺は思わず声を張り上げる。「仮にも女だろ。少しはそういうことも気にしろ」
 一瞬にして、部屋の中が静まり返る。ぽかんと口を開けた坂下の姿を見て、俺はようやく自分の失言に気づいた。
 涼は男として通っていた。ならば、この坂下という男も、涼のことを男だと思っていたわけだ。
 坂下は大きく目を見開き、「女?」と呟く。
「あーあ、ばれちゃった」
 そう言いつつも楽しげな表情を浮かべる涼は、誰がどう見ても確信犯だった。   

- continue -

2012/06/30