水中に深く潜り込んでいるような感覚だった。意識はうっすらとしていて、何も考えられない。
遠くで聞き覚えのある声が聞こえた気がした。ゆうきの名前を叫んでいる。
(あれ……?)
俺、今まで何やってたんだっけ。
何で、こんなところにいるんだっけ。
思い出せない。
――ゆうき、ごめんね
この声は誰だろう。どうして俺の名前を知っているんだろう。
――ごめんね、ゆうき。私、もう疲れたの。
ああ、そうか。
貴方は、
――私は、あなたが、憎かった。
俺が殺してしまった人だ。
***
気がつくと、ゆうきは別の場所にいた。先ほどまでいた水の中とは全く違う場所だ。
さっきまで聞こえていた母らしき女性の声も聞こえない。
(ここは……)
風が吹き、草木が揺れる。ざわつく桜の花。茜色に染まる空。
なじみのある場所だった。いつも通る、河原の桜の木の下だ。
『ゆうき、私そろそろ帰るね』
『あ、うん』
不意に声のした方を向くと、幼い頃の雪菜とゆうきがいた。
驚いているゆうきに、誰かが言う。
―これは、お前の母親、八神優の記憶だ―
この声は……。
―全部見せてやる。母親の内側から見た俺の記憶だ―
(内側の、記憶?)
幼いゆうきがこちらを見る。
『……あれ? 母さん?』
二人がこちらへ向かってくる。
こちらにたどり着くと、幼いゆうきはゆうきを見て訊ねた。
『どうして母さんがこんな所にいるの?』
(……同じだ)
確かに、あの時と同じ会話。同じ風景。自分が母親である優の視点になっていること以外は、全てあの時と同じだった。
どうして?
ここはどこだ?
それに、さっきの声は一体……。
『行かなきゃいけないところがあるの』
自分の口が勝手に動き、そこから母の声が飛び出す。
『行くって……こんな時間にどこへ?』
ああ見たくない。
この先は見たくない。
今でも鮮明に覚えている。怯える昔の自分。冷酷な言葉を残して逝った母。あんなもの、もう見たくない。
しかし記憶の再現は続く。
『ゆうき……ごめんね』
優の声でそう言って、ゆうきは幼い自分に拳銃を突きつけた。怯える昔の自分。その目からは、今にも涙が溢れ出そうだった。
見ていられない。昔の情けない自分を、直視出来ない。
すると、また声が聞こえた。声は愉しげに言う。
―面白いのはこれからだ―
そしてまた別の声。
―ヤメテ―
それは、とても懐かしい声。
―コノコヲ、コロサナイデ―
この声は、
「母、さん……?」
- continue -