甘受すべきは何色の宿命ですか
「ここまでする必要があるの?」
少年がそう尋ねると、旅人は無表情のまま即答した。
「これが、私の仕事だ」
旅人の淡々とした様子を見て、少年は改めて恐ろしく感じた。
何故、人を傷つけておいてこんなにも平気でいられるのだろう。
この子は死んでいるのだろうか。……ああ良かった、まだ息はある。体温もまだしっかりとある。この様子なら、すぐに隣町の医者のところへ連れて行けば、まだ間に合うだろう。
少年は少女を抱え、自分の背中に乗せた。その拍子に被っていた布が少しずれるが、今はそれを気にしている場合ではない。少女は思っていたよりもずっと軽かった。あの時よりもずっと血の臭いが染み付いていた。そのことに気づき、下唇を強くかみ締める。
少年が少女を背負い外へ出ようとすると、旅人が目の前に立ってそれを遮った。旅人は相変わらずの無表情だ。
「そこをどいてくれ。この子を医者に見せなきゃいけない」
「そいつは私のターゲットだ。殺したという証拠にその子の心臓が必要なんだ。邪魔をするな」
旅人はそう言うや否や、少年の隙をつき、背後へ素早く回り込んだ。そして勢いよくナイフを振り上げる。
「やめろ!」
少年はどうにか体勢を整え、振り上げた腕の前に立った。ナイフは少年の目の前の数ミリというところでぴたりと止まる。危なかった。
つまり、この子を殺せと命じられたのか。だとすると一体誰に?
「誰に頼まれたのさ、そんなこと」
「それを言うわけにはいかない。契約違反になってしまう」
「こっちには関係ない。ねえ、誰に頼まれた?」
やっと正面から少女と向き合えそうだというのに。殺すだなんて、そんな酷い話があるものか。
旅人はただ無表情で、こちらを見下ろしている。
何て目だ。きっと少女だけでなく、今まで幾人もの命をこうして奪ってきたのだろう。
少年は旅人のとてつもない迫力に、頬の筋肉が強張るのを感じた。
もう、この子を助ける手は無いのだろうか。死なせてしまうのだろうか。目の前にいるのに、このまま?
それなら。それならせめて、一緒に。
「……何をする?」
旅人が訝しげな顔でこちらを見る。
少年が手にとったのは、傍に落ちていた果物ナイフ。
旅人のそれには劣るが、殺傷力は十分だろう。少年はそう考えたのだった。
「なら、あんたを殺してこの子を連れて行く」
少年がそう言うと、旅人は何とも言えない複雑な表情をした。
呆れているのか、哀れんでいるのか。
旅人は言った。
「本気か?」
「やってみなきゃ分かんないよ。もしかしたらアンタに勝てるかもしれないじゃないか。何故そうやって決めつける?」
必死で手の震えを止めようとした。けれども震えは増すばかりで、旅人にも気づかれてしまった。
「そうやって自分を追い詰めても、何も変わらないぞ」
旅人の青い両目が少年を睨む。その眼光の鋭さに少年はたじろいだ。
(敵うわけがない)
こんなに強い人なんだもの。自分なんかが、立ち向かっていい相手じゃない。
けれども、背中の少女の体温はどんどん下がっていく。伝わる息はか細く、今にも消えてしまいそうだった。自分の非力さを痛いほど思い知る。
(でも、死なせたくない)
少年は震える手でしっかりとナイフの柄を握り締めた。
少女と共に生きるか、共に死ぬか。少年にはその二択しか見えなかった。
- continue -
2010/02/06