疼き


 血だらけの体。朦朧とする意識。滲む涙で霞む視界。

(ちくしょう)

 あの時と全く同じだ。父に妹と母を殺されたときと、何も変わらない。
 守りたくても、守るだけの力がない。

(ちくしょう!)

 悔しい。どうしていつも俺は、何も出来ないんだろう。
 親父を超えるまで、誰にも負けないと決めたのに。

―所詮、半人前のお前の力などこの程度だ―

 アヤカシの姿がぼんやりと視界に映る。
 涙が頬を伝ってコンクリートの床に染み渡る。
 次第に黒いものがノバの視界を覆っていき、とうとう意識が途絶えた。




* * *




 休憩時間に女子生徒の悲鳴が聞こえ、机に伏せて寝ていたゆうきは驚いて顔を上げた。
 生徒たちのざわめきが大きくなる。
 そしてゆうきの教室に現れたのは、ノバだった。
 ゆうきはその姿に驚いて目を見開く。
 学校指定の体操ジャージは所々破けていて、体中血まみれ。額や腕、腹部など、あちこちから赤い血が流れている。ノバの目は大きくひん剥かれ、充血したその目で、こちらを瞬き一つせず見据えていた。この前とはまるで別人である。

「やっと見つけた。八神ゆうき」

 ノバの目がギラリと光り、少しずつゆうきの方へ歩み寄る。ゆうきも席から立ち上がり、後ずさりした。

「あんた、誰だ?」
「……ふふ、やはり見破られたか」

 脳内で炎狐の声が響く。

―やっぱり間違いない。ゆうき、あの男の子の体、アヤカシに乗っ取られてる―
(乗っ取られてる? どういうことだよ)
 炎狐がゆうきの問いに答える間もなく、ノバがゆうきに詰め寄った。壁に叩きつけられ、背中を強く打つ。
 ノバの右手がゆうきの首元きつく締めた。

「ずっと待っていたんだ。今日この時を。お前を殺せる時を」

 目の前に迫ったノバの顔は狂気に満ちていた。
 周りにいる生徒達は、訳が分からず、黙って事のなりゆきを見守っている。その生徒達の中に雪菜の姿は無い。

 ――殺せ

 脳内に声が響いた。あの炎狐の声ではない。別の声だ。

 ――掻き毟れ

 声が言う。ゆうきは、全身の血液がどくどくと脈打つのを感じた。
 この声は何だ?

 ――焼き付けろ この目に 血の赤を

 両目が熱くなる。頭痛がますます激しくなる。
 特に動かそうと思ったわけでもないのに、左腕がぴくりと動いた。何となくむず痒い。

「やっと……やっと長年の恨みを晴らせる日が来た」

 強く首を絞められているため、ますます呼吸が苦しくなる。
 けれど不思議と怖くはなかった。ノバに対しても、死に対しても。それよりも怖いのは、自分の未知なる力の方だった。

 

- continue -