陰陽師の思い


 ノバは、眠れずにいた。
 ここは校庭の隅にある木の上。ノバは、その木の太い枝に乗っかって昼寝をしていた。
 ……のだが。
「……うぜぇ」
 因みに今は授業中なので、校庭で生徒が遊んでいるわけではない。
 ソレは、ノバの鼻をくすぐった。
「あーもう、うぜぇ! 寄ってくんな! アヤカシども!」
 そう、アヤカシなのだ。ノバの周りに、アヤカシがうじゃうじゃと集まっているのだ。
(つーか、どうして陰陽師の俺に近づけるんだ?)
 試しにノバはお札を出してみた。が、何の反応もない。
「一体何なんだ……?」
 そういえば今朝も学校中のあちらこちらでアヤカシを見かけた。

 学校で何かが起きている。
 ノバは今までとは違う、妙な胸騒ぎを感じていた。




* * *




 私の名前は井川茜。旭雪菜の親友だ。
 今は昼休み中。私は、一人体育館の倉庫で、授業で使った道具を片付けている。
 体育館には誰もいない。辺りはシーンと静まり返っている。
 何だか寒気がして、私は片付けるスピードを早めた。
「ったく、どうしてこんな時に雪菜がいないのよ!」
 雪菜は、授業が終わってすぐどこかへ行ってしまった。
 そんな雪菜に軽く八つ当たりをしながらも、私は倉庫を出たり入ったりを繰り返して黙々と作業を続ける。
 その時だった。


―あいつはどこだ―


「え?」
 突然どこからともなく声が聞こえて、私は体育館の中を見回した。
 しかし、誰もいない。
「何……?」

―あいつは……あいつはどこだ―

 今度はすぐ後ろから声がした。
 私は少し恐怖を感じながらも、恐る恐る振り向く。
 そこにいたのは――




* * *




 午後から体育の授業があるため、ノバは体育館へと向かっていた。
(だりぃ……)
 などと心の中でぼやきながら、ゆっくり体育館へ向かう。

 体育館に着くと、何やら倉庫の前に人だかりができていた。近づくと妖気を感じたが、それほど強いものではない。
(雑魚か)
 妖力の弱いアヤカシは人に害を与えないので、手を出してはいけない。これは陰陽師のルールだ。
(大方、ちょっと霊力のある奴がアヤカシを見て、驚いた拍子にすっころんで怪我をしたとか……まあ、そんなもんだろ)
 しかし人だかりの中央には、ノバの予想と違い人が倒れていた。
 妖気は、倒れている女子生徒から発せられていたのだ。

(雑魚のアヤカシが……人を襲っただと?)

 まさか。そんなことあるはずがない。そんな力、弱いアヤカシにあるわけがない。
 だけど、目の前のこの光景は事実だ。
 ノバはチッ、と舌打ちをした。かと思うと、体育館を飛び出していった。
「ったく……めんどくせぇことばっか起こりやがって!」
 妖気の一番強い場所へと急ぐ。

「これ以上の被害は……食い止める!」

 そう言ってポケットからお札を取り出した途端、ノバの顔は恐ろしいほど真剣な表情に変わっていた。




* * *




「……(うぜぇ)」
 ゆうきは、自分の机の周りに集まっているアヤカシ達にうんざりしていた。
(授業中なのに何も聞こえねぇっつーの)
 ぺちゃくちゃ意味の分からない言葉を喋るアヤカシ達に心の中で訴える。しかし現状は変わらず。
 自然とため息が零れる。
「おい、八神。聞いてるのか?」
 と、ゆうきの様子に気づいた教師が訊くが、
「いいえ。もう少し大きな声で喋ってください」
「……」
 ずっとこの調子のゆうきに、教師も呆れ顔だ。だがゆうきはそんなこと知ったこっちゃない。
 その時、雪菜が口を開いた。
「あの、先生」
「何だ、旭」
 雪菜は何やら不安げな表情で口を開いた。
「井川さんが……昼休みからずっと戻ってこないんですけど……」
「ん?井川が?」
 教師は教室内を見回した。そしていないことを確かめると、生徒達に訊ねた。
「誰か、井川を知らないか?」
 すると、一人の男子生徒が恐る恐る手を挙げて言った。
「井川さんなら、体育館で倒れて保健室に運ばれたらしいです」
 その言葉に雪菜は息を呑む。
「倒れた? 大丈夫なのか?」
「はい。大したことはないらしいですけど」
「そうか……。……それじゃ、授業に戻るぞ」
 大して騒ぐようなことでもない。誰もがそう思った。体調を崩して保健室で休むなんて、そんなに珍しくもない。
 けれど、雪菜だけは違った。

「おい旭。どうした?」
 教師が突然立ち上がった雪菜に尋ねる。
「お腹が痛いので保健室に行ってきます」
「……まあ、いいだろう」
 教師に疑いの目を向けられながらも、急いで教室を後にした。
 腹痛とは思えないほどのスピードだったが、誰も止めたりはしない。
 一部始終を傍観していたゆうきは、再び深くため息をついた。




* * *




 そんなゆうきの様子を、遠くからジッと見つめる怪しい影が一つ。

―見つけた……八神ゆうき―

 ソレは、目を細めてククッと笑った。

―待ってろ、八神ゆうき。お前は必ず、俺の手で始末してやる。必ず……必ずだ―

 ソレは、喜びと憎しみに震えながら、そう呟いた。ソレの眼が怪しく光る。





 確かに今、学校で何かが起きていた。
 しかしまだ若干一命を除いて誰も気づくことなく。

 ゆうきは何も知らず、束の間の休息に身を委ね、
 雪菜は、僅かな違和感を感じながらも友の元へと走り、
 ノバは唯一人、これから始まる戦いに士気を高める。


 そして、蒼い空に吸い込まれていったソレの呟きを合図に、物語の第二章はゆっくりと幕を開けたのだった。

 

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