その絶対的存在が偽りでも 掴んだ希望は真実ですか

 その少女の目的は殺害だった。
 なら、こちらのやるべきことはただ一つ。
 彼女を抹殺することだ。

* * *

「何が目的だ」
 旅人は彼女に訊いた。
 少女は何も答えずただ突き進む。
 死骸を踏み壊し、
 時折奇声を上げ、
 幾人もの命を踏み越えていく。
 その足に迷いはない。
 旅人はこの幼い少女に恐怖を感じた。まだ自分より歳の若いはずの少女は、ある点で同年齢の子ども達より抜きん出ているように思えた。
 距離を置く。なるべく離れてついて行く。旅人も、少年も。
 少年はまだ震えが治まらない様子だった。黒い布をしっかりと握り、ずれ落ちないようにしている。――ちゃんと前が見えているのだろうか?
 震えてはいるものの、少年は一度も戻ろうとはしなかった。

* * *

 大事なアナタ、
 私のアナタ、
 ずっと一緒よ、
 絶対よ。
 私とアナタはどんな時も運命を共にし、片時も離れてはいけないの。
 私はアナタを手放すべきじゃなかった。
 その黒い布、
 アナタのお母さん、マリーを殺したとき、マリーが着ていたもの。
 アナタはそれを破いて持ち去った。
 マリーが大好きだったから、忘れないように。
 マリーを殺したのはね、アナタが余りにもマリーを愛していたから。
 マリーが憎かった。
 マリーもアナタを愛していたから。
 二人は一緒にいちゃいけないの、アナタは私だけとずっと一緒。
 マリーはバカだったから後ろから刺したらすぐ死んだ。
 マリーの夫もバカだから後を追ってアッチに逝った。
 アナタ一人が残された。
 バカな両親のせいで、
 アナタは残された。
 可哀想なアナタ。
 だけどこれでアナタは私を見てくれる。
 きっともうすぐ帰ってくるのよね。そう信じて私は待った。
 死体が腐敗し始めた今、アナタは帰ってきた。
 誰か知らない人と一緒に帰ってきた。
 だから最高の"おもてなし"をするの。
 また出会えた奇跡に感謝するために。
 さあ、もう舞台は整ってる。

* * *

「こっち向いて、ねえ。乾杯しましょ」
 あの子は笑ってんだろう。そんな声だもの。
 けど、あの子を見ちゃいけない。見たらいけないんだよ。だって、殺される。
 母さん。母さん。母さん。自分はどうしたらいい?
 我が家なのに、我が家じゃなくなってる。あの子がこの家を、まるで自分の家みたいに使ってる。
 自分の居場所はここじゃないんだ。
 だからこの村を出たのに。
 だから旅人さんを信じたのにまた裏切られた。旅人さん。
 黒い布は被ったまま、小さな穴からテーブルの上にあるグラスを見て、持ち上げる。隣に座るのは旅人さん。
 向かいにいるあの子のグラスが近づいてくる。何か紫色の液体が入ってるのが見える。
 死体の散らばる家の中でチン、と乾杯。
 乾杯したとき、耳元で旅人さんが囁いた。
「あとほんの一瞬だけ待ってておくれ。すぐ始めるから」
 旅人さんの方を見ると、怖いくらいに真剣な目をしていたから。
 だから、自分はグラスを置いてすぐテーブルを離れた。
 途端に、テーブルは真っ二つに割れたんだ。
 自分もビックリしたけど、多分一番驚いたのはあの子だよ。
 今までで一番人間らしい悲鳴だったもの。
 ホコリやら煙やらが立ち込める中、あの子は叫んだ。
「何をするの!」
 自分には小さい穴を通してしか見えないからよく分からないけれどね、金属が見えたんだ。それと、紫色の液体が絨毯に染みるのが。
 金属――銀のナイフ。それを振りかざしているのは旅人さん。
 旅人さんはあの子の問いには答えず、言った。
「自己紹介がまだだったな」
 振りかざしたナイフはあの子の左をスレスレに飛んだ。
「私は、」
 深く壁に突き刺さるナイフ。
 一本じゃない、二本だ。
「キミの同志だよ」
 ゆらり。旅人さんが動いて、銀のナイフが幾つもあの子を襲った。
 そっとあの子を見てみると、やっぱり嬉しそうに笑ってた。

- continue -

08/6/16
08/10/12 修正