たったひとつの意志のみで どこまで進むつもりですか

 降り積もった雪は朝日に煌き、世界を白く照らし出す。風はひんやりと冷たく頬を撫でる。
 だが道は続いていた。だから旅人も止まることなく歩き続けた。
(一体どこまで続いているのだろう?)
 分からない。けれども旅人には旅を止めるという選択肢は無かった。何故なら旅人には帰る家が無いのだから。  旅人が旅人となった理由はそれだった。何もかも失ってしまったのだ。
 家一つ見当たらない。ただ木々が生い茂り、雪が積もり、遠くの白い山に太陽が昇っていくだけだった。
「いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち」
 訳もなく歩数を数え、一歩一歩踏みしめて歩く。それ以外にすることがなかった。
 十歩進むたび、顔を上げる。あの白い山のふもとが、とりあえずの目的地だった。
(人はいるだろうか)
 もしいたら、何か食べ物と水を恵んでもらおう。大丈夫、金はまだ沢山ある。
 それに、少しでも何か食べないと行き倒れてしまいそうだった。
 早足になる。
「ちょっと、そこの人」
 不意に声がして、旅人は立ち止まった。
「あんた、あの村に行くのかい」
 道端に黒い布を被った人間が座っていた。声からして、まだ子供だろう。
 旅人は少し考えて、答えた。
「いや、違う」
 子供の声が緩んだ。
「そうか、良かった。なら、もし良ければ自分を連れてってくれないか。あんた、旅人だろう?」
「ああ、いいとも」
 旅人と子供は並んで歩き出した。
「あんたはどこから来たんだい」
「ずっとずっと向こうさ」
「どうして旅をしているんだい」
 旅人は暫くの沈黙の後、答えた。
「失ったからさ」
「ああ!」
 子供は嬉しそうに(そんな声を出して)旅人を見た。
「自分と同じだ!」
 その時布がめくれ、旅人は子供の口元を見た。
 子供は綺麗な白い肌をしていた。
 子供は慌てて布を被り直しながら言う。
「自分もね、今さっき何もかも失ったんだ。
さっき自分、『あの村』って言っただろう? その村が生まれ故郷でね。 全部全部奪われちまった」
 旅人はぎゅっ、ぎゅっと雪を踏みしめながら聞いていた。
「これからどうしようか迷っていたところさ。旅人さんのお陰で助かったよ」
「その村は何処にある?」
「ほら、あの白い山が見えるかい? アレのふもとさ」
 子供はそこでピタリと立ち止まった。
「まさか、あそこに行くんじゃないだろうね?」
 旅人は黙って歩き続ける。
「行かないと言ったじゃないか! 頼むから行くな! 行ってはいけない!」
「だが、目的地がそこなんだ。早く何か食べ物を恵んでもらわないと」
「行っても無駄だよ。何も分けちゃくれない。分けるものがないのさ。
言っただろ? 全部奪われちまったんだ!」
 旅人は言った。
「だが、進まねば」

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