20th Game


 MISDOでドーナツを食べた日を境に、俺は少しずつ霧島の噂を流し始めた。最初は、上手くいくはずないと思っていた。俺や真壁が誰かを暇つぶしの対象にすることはよくあったし、この学校には、それを見て見ぬフリをする連中しかいない。俺が噂を流したところで、それを事実として受け取る奴が一体どれだけいるのだろうか。そう思いつつ、クラスの連中に話しかけては、「なあ、知ってるか?」と噂を流し続けた。それから三日。驚くべきことに、噂はみるみるうちに広がっていた。次第に霧島は孤立し、一人ぽつんと机に座っていることが多くなった。

「そりゃあ、学校中に広まってるからね、噂」
 魅月家でミーティングをしている時、井川ーーこいつも魅月なのだが、混乱するので井川と呼ぶーーはそう言った。
「でも、不自然すぎないか。そんな簡単に、俺なんかの言うこと信じるもんなのか」
「自分で言ってて虚しくないの?」
「うるさい」
「まあ、あれだね。ほとんどの奴は、次のいじめターゲットが霧島になったんだと思ってるんだろうね」
「だよな」
 言われて気づく。そうか、最初からそれが狙いだったのか。
 井川が半笑いで近づいてくる。吐息が、かすかに首元にかかる。その感覚がむず痒くて、井川から目を逸らした。
「おい、近いぞ」
「ふふ、流石に仕事が早いね、坂下くん」
 そう言って俺の頬をつつく。だめだ、こいつのペースに乗せられてはだめだ。
「そんなに死ぬのが怖いんだね」
「ああ、怖いさ」
 誰だってそうだろう。生きるのに精一杯なんだ。俺も、霧島も。
「じゃあ、霧島くんをけしかけてくれないかな」
「けしかける?」
「そう」井川の口元が緩む。「こうなったのは、全部真壁のせいだって。そうすれば、彼の敵意は真壁に向かう。きっと、面白いことになるよ」
 それを聞いて、今まで抱いていた疑惑が、確信に変わった。
「霧島を殺す気か」
「そうだとしたら?」
 俺が死なずに済むなら何でも良かった。何かを守るためには、何かを犠牲にしなければならないのだ。どこかのドラマで見たようなセリフを、頭の中でぼやいてみる。
 井川だって、きっと同じだ。自分の望みを叶えるためならば、誰がどうなろうと構わない。井川にはきっと、怖いものなど何もないのだ。失うものなどないのだから。
「お願い。今度MISDOのカスタードホイップ奢るからさ」
「そんなんで誰が動くか」
「じゃあ、新作のクロワッサンドーナツもつける」
「この金持ちめ」
 しかし、やらないという選択肢はなかった。何故なら、俺の命がかかっているからだ。井川がその気になれば、俺を屋上から落とすことも、電車に轢かせることも、首を自分で締めさせることもできる。手のひらで転がされているとはまさにこの事だ。   

- continue -

2015/07/12