18th Game


「坂下、そっち持って」
「あいよー」
 クラスの男子に声をかけられ、「よいしょ」というかけ声と共に教卓を持ち上げる。開け放たれた窓から吹く風は、生温い。お天気お姉さんは、二十五度まで上がると言っていた。夕方だというのに、額に汗がにじむほど暑い。
 帰りてぇ。
 掃除当番をまじめにこなしたところで、周りの評価がそれほど上がるわけでもない。中学校生活の約一年間で、俺は既に悟っていた。俺がサボったところで、誰一人嫌な顔などしないだろう。それでも俺には、この任務を遂行しなければならない理由があった。
「今日、掃除当番なんだよね。手伝ってくれない?」
 朝イチで俺の席にやってきた井川は、笑顔でそう言い放った。井川から目を離せば、真壁の拳骨を食らうだろう。断れるわけがない。今の俺には、何の決定権も無いのだ。
 掃除を手伝えと言った井川はというと、雑巾を洗ってくるとか何とか言って、どこかへ言ってしまった。井川が出て行ったのは十五時半。現在の時刻は、十六時。あんにゃろう、サボってやがる。
 同じく掃除当番の男子・霧島一人に掃除をさせて井川を追うことも考えたが、
「あとでMISDO奢るから、手伝って」
 霧島にそう言われてしまった。つまり俺は、限定版のもっちりドーナツを手に入れるべく、こうして床掃除に精を出しているわけだ。
 窓を開けると、生温い風が吹き込んできた。強い風に煽られ、前髪が視界を覆う。教卓を隅に運んで、床を掃く。窓辺では霧島が黒板消しをはたいていた。
「風強えな」
 霧島が言う。言ったそばから、俺にめがけてチョークの粉が飛んできた。気管に入って咳込んでいると、「ごめーん」と霧島が笑う。
「おい、こっち飛ばすなよ」
「しょうがないじゃん。どっか違うとこ掃けよ」
 霧島は黒板消しをはたき続ける。仕方なく煙から逃げて、窓辺に避難した。
 風に煽られ、掲示板の日めくりカレンダー揺れる。六月三日、四日、五日……とめくれていくカレンダーを見て、一昨日のことを思い出した。
 一ヶ月後に何かが起こるらしい。
 それを聞いたアカという男は、まるでこの世の終わりみたいな顔をしていた。あんな顔を見たら、何かあると思わないほうが可笑しいじゃないか。
「坂下くん、掃除終わった?」
 井川が教室に戻ってきた。
「雑巾一枚洗うだけだろ。何で三十分もかかんだよ」
「ごめんごめん、ちょっと迷っちゃって」
「水道って教室出てすぐだろ。迷わねーよ」
「まあまあ」宥める霧島が、苦笑する。「雑巾の洗い方に迷ったとか?」
 茶化すような言い方が気にくわなくて、霧島に詰め寄る。持っていたほうきで頭を小突こうとしたが、素早くかわされてしまった。むかつく。
「霧島、井川の肩持つのかよ」
「別に」霧島は動じない。「思ったことを言っただけだ」
 霧島はそう言って黒板消しを掲げてみせた。
「さっさと終わらせようぜ。MISDO行くんだろ」
 はっと我に返った。そうだ、早く掃除を終わらせねば。愛しのもっちりドーナツが俺を待っている。

 ***

 店内は部活帰りの学生で賑わっていた。夕日が差し込む店内に、陽気な声が響く。
「いやぁ、悪いね。僕までご馳走になっちゃって」
「いいよ別に。皆で食べたほうが楽しいし」
「うふふ、そうだね」
 霧島と井川が、顔を見合わせて笑う。バカップルか、と心の中で突っ込んだ。カスタードホイップを幸せそうにほおばる姿は、どう見ても女子だ。それなのに男子の制服を着ているので、どうにもちぐはぐだった。
 というか、やっぱり女だ。どこからどう見ても、女だ。
「ねえ、霧島くん」
「ん?」
「真壁くんのこと、どう思う?」
 頬にホイップをつけたまま、井川が霧島に顔を向ける。霧島の顔は一瞬にして固まった。
それでも霧島は表情を取り繕い、口角を上げる。
「真壁が、どうしたって?」
 引き攣っているのだが、それは触れないでいてやることにした。それよりも、霧島の返答が気になったからだ。  

- continue -

2013/03/08