Thank You!

 首元に太い縄が食い込む。呼吸を止めてから何分経ったのだろう。私の身体はまだ生きていた。
「ねえ、いい加減諦めたら?」
 私が天井のロープで首を吊る様子をじっと眺めながら、旋ちゃんが言った。私はそのままの体勢で、嫌々と首を振る。まだ、私は諦めたくなかった。
「いいから降りて来なよ。あったかいうどんもあるよー」
 その言葉に、目線を下にやる。確かに、足下では旋ちゃんがあったかいうどんをずるずると啜っていた。その良い匂いにつられ、腹の音が鳴る。
「ほら、手伝ってあげるからさ」
 旋ちゃんはとうとう脚立を使って私の元へ上がってきた。首をきつく締めていた縄が緩み、身体がすとんと地面に落ちる。柔らかい藁の敷き詰められた床にお尻から着地し、私はそのまま仰向けになった。頭の中は絶望感でいっぱいだった。
「ねえ、うどん冷めちゃうよ」
 口をもごもごさせながら、旋ちゃんが言う。その白い頬にはうどんの汁が飛び散っていた。食い意地だけはピカイチである。人が死のうとしている横でうどんを食えるとは、と苦笑が漏れる。
「旋ちゃん」
「んー?」
「旋ちゃんは、どうしていつも付き合ってくれるの」
 私の自殺行為は、今に始まったことではない。もう百回は超えるであろうこの行為に、旋ちゃんはいつも付き添ってくれている。
「ほおひほいふぁは」
 うどんをいっぱいに詰め込んだ口の中を見せられ、顔をしかめる。何を言っているのかさっぱり分からない。
「飲み込んでから喋ってよ」
「ん」
 ごくりと音をたてて飲み込んだ旋ちゃんは、人なつこい笑みを浮かべて言った。
「だって、面白いから」
「何それ」
 適当なこと言いやがって、と舌打ちしたくなる。そんな感情が表に出てしまっていたのか、旋ちゃんがにやにや笑う。本当にひねくれた子だ。
 でも、私は本当のことを知っていた。
 旋ちゃんは私に死んで欲しくないのだ。だから毎回死なないようにと見張っているのだ。だって、旋ちゃんは私が首に縄をかけるとき、いつも目を伏せる。一瞬の変化を、私はしっかりと目撃していた。だが、私は自殺を諦めるつもりは無い。
 縄と脚立を担いで立ち上がると、旋ちゃんがきょとんとした顔でこちらを見上げた。
「あれ、うどんは?」
「いいよ。旋ちゃんが食べな」
「うん」
 嬉しそうに頬を緩ませ、旋ちゃんはまたうどんを啜る。心底嬉しそうな顔で時折私を見上げて笑う。そんな顔を見ると、やっぱり旋ちゃんを一人には出来ないな、と考えてしまうのだ。考えてしまうのだが、それでもやっぱり死にたくなる。私の精神は延々とループしているのだ。
 -end-


連続拍手は 10 回まで可能です。

icon
 (無記名OK)
icon
icon
レス不要   レス要